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みなさん、今日も一日、お疲れさまです。
雨が降ってくれて、水が確保できる喜びは、もちろん感じてるけど、
やっぱり、晴れがいい!
しかも、雨模様なのに雨が落ちてこないなんて『しっかり!』と声をかけそう。
僕ってこんなに晴れが好きなんだと、つくずく思い知る近頃です。
これもきっと散歩なるものを趣味にしてしまったからです。
雨の散歩は、どうも早く家に帰ってしまいがちになり、しっとりした
曲の案なんかは浮かぶ事もあるんだけど、どぉ〜〜もそれにしても
うんんんんん?子供なんですかねぇ〜〜〜〜?
しっとりとした男の色気がかもされるような曲、チャレンジしています。
しかし、本当に浮いちゃってるというか、あってないというか、
でも、男37歳、背中に多少の陰くらいあるつもりでも、心の中は
「は〜れよこい!は〜やくこい!」
まったく、僕というやつは、ほんと!子供です。
そろそろ大人になってもいいのに!少年っぽいのとは全然ちがう
子供が僕にはあるようです。いかんいかん。
夏がくる前にその辺のこと、解決するぞ!!!
オオオオオオオ!
それでは、また明日!
謙太郎
雨が降ってくれて、水が確保できる喜びは、もちろん感じてるけど、
やっぱり、晴れがいい!
しかも、雨模様なのに雨が落ちてこないなんて『しっかり!』と声をかけそう。
僕ってこんなに晴れが好きなんだと、つくずく思い知る近頃です。
これもきっと散歩なるものを趣味にしてしまったからです。
雨の散歩は、どうも早く家に帰ってしまいがちになり、しっとりした
曲の案なんかは浮かぶ事もあるんだけど、どぉ〜〜もそれにしても
うんんんんん?子供なんですかねぇ〜〜〜〜?
しっとりとした男の色気がかもされるような曲、チャレンジしています。
しかし、本当に浮いちゃってるというか、あってないというか、
でも、男37歳、背中に多少の陰くらいあるつもりでも、心の中は
「は〜れよこい!は〜やくこい!」
まったく、僕というやつは、ほんと!子供です。
そろそろ大人になってもいいのに!少年っぽいのとは全然ちがう
子供が僕にはあるようです。いかんいかん。
夏がくる前にその辺のこと、解決するぞ!!!
オオオオオオオ!
それでは、また明日!
謙太郎
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みなさん、今日も一日、お疲れさまです。
みなさん今日は、どんな一日でしたか?37回目の7月3日、24回目の7月3日
とどう違っているのか、なんとなく知りたくて大昔、よく僕はランダムではあったけど
日記のようなものを書いていたから、探してみるとありました。
13年前の初夏、僕は東京に出る寸前だったみたいで、「明日は、博多最後のアマチュアでのライブである」なんてしゃっちょこばって書いてました。
13年という時間があまりにも早いような気がしています。 確かその後上京が延びて
翌年に上京したような気がします。期待と不安なんて言いますが、8割不安だった
ように思います。まだ携帯も普及しておらず、テレカをよく利用してました。
戻れるならその頃にもどりたい!とかよく聴きますが、僕はまったく戻りたく
ありません。かといっていまが最高だとも思っていません。ゴールなんてなくていいのかもしれません。
つい最近、末期のガンを克服し一般の生活にもどった知り合いがいます。
健康という言葉の大切さは、あまりにも無責任に耳に届いてきますが、実は
すべてそこからはじまるんだなぁと考えさせられました。
13年前の僕、今の僕、変わらず健康でいられることに感謝し、日々体を
大切にしながら、また13年後、今と変わらない自分の日記に会いたい
そんな2007年、初夏の謙太郎です。
これから本当に暑さがきびしくなるので、みんな気をつけてくださいね。
本当、健康は一番の宝物です。
それでは、またあした。
謙太郎
みなさん今日は、どんな一日でしたか?37回目の7月3日、24回目の7月3日
とどう違っているのか、なんとなく知りたくて大昔、よく僕はランダムではあったけど
日記のようなものを書いていたから、探してみるとありました。
13年前の初夏、僕は東京に出る寸前だったみたいで、「明日は、博多最後のアマチュアでのライブである」なんてしゃっちょこばって書いてました。
13年という時間があまりにも早いような気がしています。 確かその後上京が延びて
翌年に上京したような気がします。期待と不安なんて言いますが、8割不安だった
ように思います。まだ携帯も普及しておらず、テレカをよく利用してました。
戻れるならその頃にもどりたい!とかよく聴きますが、僕はまったく戻りたく
ありません。かといっていまが最高だとも思っていません。ゴールなんてなくていいのかもしれません。
つい最近、末期のガンを克服し一般の生活にもどった知り合いがいます。
健康という言葉の大切さは、あまりにも無責任に耳に届いてきますが、実は
すべてそこからはじまるんだなぁと考えさせられました。
13年前の僕、今の僕、変わらず健康でいられることに感謝し、日々体を
大切にしながら、また13年後、今と変わらない自分の日記に会いたい
そんな2007年、初夏の謙太郎です。
これから本当に暑さがきびしくなるので、みんな気をつけてくださいね。
本当、健康は一番の宝物です。
それでは、またあした。
謙太郎
みなさん、今日も一日、お疲れさまです。
梅雨の真ん中、みなさん体など、調子崩してませんか?
健康でいるために、僕たちは、仕事をし、教育を受け、世間の人々と
調和を保ちながらもそれぞれ、傷つき、ストレス、危険などのリスク
に向かい、毎日生きているわけですが、先進国に生きる僕たちは
本当に平和、幸せの上での戦いに恵まれまだ幸せな日々です。
何故だろうか、地球上の7割の人間は、一日1ドル程度の生活を強いられ
苦しみにたえながらも、笑顔を絶やさず、家族や友人と励まし合いながら
生きているそうです。
自分で確認したわけではないし、実際何も知らないくせにこんなことを
こうして文にする権利も資格もない自分なのだろうと思います。
でも、何故だろうとどうしても思ってしまう自分でもあります。少し前の自分
でしたら、正義の名の下「こうすべきだ」と自信をもって言えたけど、
そこには、きっとそういうことを語るなら知らなければいけない事情や背景が
あるのだと思います。
自分なりですが、自分にもう少し余裕ある営みができるようになったら、
絶対に”何故だろう”と思ってしまう問題に対して、自分でできること
をやりたいと思います。
この星は、命あるものが巡り続ける星で、人間には営みを求め大木のように
いきいきと生きる役割があると思います。人は弱い生き物です。だから、助け合う。たすけが必要な人々がたくさんいるのなら、僕はぼくのできるたすけを
全うしたい。そう思っています。それが小さなことでも、地球に生まれた人間
の自然から受け取れるルールを全うすべきだと思うんです。
文明が好きです。文化が好きです。芸術が好きです。でももっと人が好きです。
地球が大好きです。地球上のすべての人達と友達に本気でなりたいです。
助け合い、生きる事を共にしたいです。
僕はこれって男の大仕事だと思います。25世紀くらいになったとき、男達
の力で人類の和がすべての女性、子供、老人のために存在しているように
今、僕たちにできることをやるべきだと思います。男達、そう思いませんか?
この星の未来が助け合いの星になる日がきっときますように。
謙太郎
梅雨の真ん中、みなさん体など、調子崩してませんか?
健康でいるために、僕たちは、仕事をし、教育を受け、世間の人々と
調和を保ちながらもそれぞれ、傷つき、ストレス、危険などのリスク
に向かい、毎日生きているわけですが、先進国に生きる僕たちは
本当に平和、幸せの上での戦いに恵まれまだ幸せな日々です。
何故だろうか、地球上の7割の人間は、一日1ドル程度の生活を強いられ
苦しみにたえながらも、笑顔を絶やさず、家族や友人と励まし合いながら
生きているそうです。
自分で確認したわけではないし、実際何も知らないくせにこんなことを
こうして文にする権利も資格もない自分なのだろうと思います。
でも、何故だろうとどうしても思ってしまう自分でもあります。少し前の自分
でしたら、正義の名の下「こうすべきだ」と自信をもって言えたけど、
そこには、きっとそういうことを語るなら知らなければいけない事情や背景が
あるのだと思います。
自分なりですが、自分にもう少し余裕ある営みができるようになったら、
絶対に”何故だろう”と思ってしまう問題に対して、自分でできること
をやりたいと思います。
この星は、命あるものが巡り続ける星で、人間には営みを求め大木のように
いきいきと生きる役割があると思います。人は弱い生き物です。だから、助け合う。たすけが必要な人々がたくさんいるのなら、僕はぼくのできるたすけを
全うしたい。そう思っています。それが小さなことでも、地球に生まれた人間
の自然から受け取れるルールを全うすべきだと思うんです。
文明が好きです。文化が好きです。芸術が好きです。でももっと人が好きです。
地球が大好きです。地球上のすべての人達と友達に本気でなりたいです。
助け合い、生きる事を共にしたいです。
僕はこれって男の大仕事だと思います。25世紀くらいになったとき、男達
の力で人類の和がすべての女性、子供、老人のために存在しているように
今、僕たちにできることをやるべきだと思います。男達、そう思いませんか?
この星の未来が助け合いの星になる日がきっときますように。
謙太郎
みなさん、今日も一日、おつかれさまです。
今日の雨、梅雨らしく、しとしとと、しかも噎せ返ることなく、
らしい雨でした。絵になるような雨でした。
上空が薄黒いわけでもなく、かといって灰色なかんじでもない、
いわゆる梅雨の空で、これはこれで良いものだなぁと思いました。
近所に紫陽花が咲いていて、梅雨の雨に濡れた紫陽花は、すごくきれいで
しばらく観察しちゃうほどでした。僕は傘も差さず、静かにゆっくり
降ってくる梅雨らしい雨に打たれながら紫陽花を観ていました。
さすがに、雨に打たれ続けることはできないので、木陰に身をよせると
足下に腹ぺこなのか猫君がスリスリ。「あげるもんがないよ〜〜ごめんな」
頭を撫でてやると、気持ち良さそうな顔して消えていきました。
紫陽花の何とも言えない奇麗さにしばし酔い、その場を離れました。
今日は本当に梅雨らしいなぁ〜〜〜と思いながらコンビニへ急ぐ
謙太郎でした。
近頃、長い書き込みなので今日はこの辺にしときますね。
それでは、また、明日。
謙太郎
今日の雨、梅雨らしく、しとしとと、しかも噎せ返ることなく、
らしい雨でした。絵になるような雨でした。
上空が薄黒いわけでもなく、かといって灰色なかんじでもない、
いわゆる梅雨の空で、これはこれで良いものだなぁと思いました。
近所に紫陽花が咲いていて、梅雨の雨に濡れた紫陽花は、すごくきれいで
しばらく観察しちゃうほどでした。僕は傘も差さず、静かにゆっくり
降ってくる梅雨らしい雨に打たれながら紫陽花を観ていました。
さすがに、雨に打たれ続けることはできないので、木陰に身をよせると
足下に腹ぺこなのか猫君がスリスリ。「あげるもんがないよ〜〜ごめんな」
頭を撫でてやると、気持ち良さそうな顔して消えていきました。
紫陽花の何とも言えない奇麗さにしばし酔い、その場を離れました。
今日は本当に梅雨らしいなぁ〜〜〜と思いながらコンビニへ急ぐ
謙太郎でした。
近頃、長い書き込みなので今日はこの辺にしときますね。
それでは、また、明日。
謙太郎
みなさん、今日も一日、お疲れさまです。
思い出を探索していると、本当にいろんなこと、思い出すもので、
楽しくもあり、懐かしくもあり、なにせ自分の思い出話だからくすぐったい
感じもありましたが、何か今忘れてる事をたくさん見つけられた感じで
これからも時々、思い出話しようと思います。
映画音楽の魅力といえば、僕の場合、主人公の気分でいられることも
たくさんの映画音楽の魅力の中の一つです。
昨日からニューシネマパラダイスをかけっぱなしなんですが、この映画
大好きなんですけど、僕がそれよりもっと好きになったのは、エンリオ
モリコーネ、音楽を担当したかたでした。
ワンスアポンアタイムインアメリカもそうでした。他にも、クリントイーストウッド
の若い頃、マカロニウエスタンの音楽もこの方でした。
モリコーネさんの音楽に耳を傾けていると、僕は思い出だけではなく、
実にいろんなことを蘇らせたり反省させてくれたり躍動させてくれたり
癒してくれたりします。僕が思うに”人”の”こころ”ってところに光をあててくれるのが最高にうまい、作曲家なんだなぁとつくずく思い知らされます。
昨日、思い出を書いていて、モリコーネさんの音楽に呼び出されるように
いろんなことをたっくさん思い出しました。それは、特別なシーンでもなんでも
なく、日常のなにげない風景がほとんどでした。でも、それらの主人公には
僕とかならず仲間、そのときの仲間たちがたくさん思い出されるんです。
モリコーネさんの音楽は、聴いている人を主人公にする力があるんですね。
歌はありませんが、物語がしっかりあって、その物語性が個人個人あてはめやすいんでしょうね。
すばらしいです。本当に。音楽に対しての僕の勉強はまだまだだぁと思いました。
感じる音楽、僕もがんばろうとうれしくて、なんだか叫びたい気分です。
ROCKというよりPUNKだったころ、それでも好きだったモリコーネさん。
僕はすばらしい先生がまわりにたくさんいます。本当に感謝です。
この感動をきっとみなさんに僕の声で僕の歌で伝えられる日を目指します。
改めて、いいます。音楽は本当にすばらしいものです。
今日はさんまの塩焼き食べて、明日に備えようと思います。
それでは、みなさん、また明日。
謙太郎
思い出を探索していると、本当にいろんなこと、思い出すもので、
楽しくもあり、懐かしくもあり、なにせ自分の思い出話だからくすぐったい
感じもありましたが、何か今忘れてる事をたくさん見つけられた感じで
これからも時々、思い出話しようと思います。
映画音楽の魅力といえば、僕の場合、主人公の気分でいられることも
たくさんの映画音楽の魅力の中の一つです。
昨日からニューシネマパラダイスをかけっぱなしなんですが、この映画
大好きなんですけど、僕がそれよりもっと好きになったのは、エンリオ
モリコーネ、音楽を担当したかたでした。
ワンスアポンアタイムインアメリカもそうでした。他にも、クリントイーストウッド
の若い頃、マカロニウエスタンの音楽もこの方でした。
モリコーネさんの音楽に耳を傾けていると、僕は思い出だけではなく、
実にいろんなことを蘇らせたり反省させてくれたり躍動させてくれたり
癒してくれたりします。僕が思うに”人”の”こころ”ってところに光をあててくれるのが最高にうまい、作曲家なんだなぁとつくずく思い知らされます。
昨日、思い出を書いていて、モリコーネさんの音楽に呼び出されるように
いろんなことをたっくさん思い出しました。それは、特別なシーンでもなんでも
なく、日常のなにげない風景がほとんどでした。でも、それらの主人公には
僕とかならず仲間、そのときの仲間たちがたくさん思い出されるんです。
モリコーネさんの音楽は、聴いている人を主人公にする力があるんですね。
歌はありませんが、物語がしっかりあって、その物語性が個人個人あてはめやすいんでしょうね。
すばらしいです。本当に。音楽に対しての僕の勉強はまだまだだぁと思いました。
感じる音楽、僕もがんばろうとうれしくて、なんだか叫びたい気分です。
ROCKというよりPUNKだったころ、それでも好きだったモリコーネさん。
僕はすばらしい先生がまわりにたくさんいます。本当に感謝です。
この感動をきっとみなさんに僕の声で僕の歌で伝えられる日を目指します。
改めて、いいます。音楽は本当にすばらしいものです。
今日はさんまの塩焼き食べて、明日に備えようと思います。
それでは、みなさん、また明日。
謙太郎