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中川謙太郎、 Good Friends の応援ブログです。 
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みなさん、今日も一日、お疲れさまです。

19世紀のパリで、社交場と呼ばれる場所がたくさん
あったのは、おそらく民衆がそれを望んだからだと
思うんですが、”社交場”といわれてピンとくる場所
って、この国には有ると言えば有るんですがどこか
無いに近い”コミュニケーション”の場所の存在の少なさ
を感じてなりません。

だれでも、気軽に、気を使わずお金もあまり必要のない
”コミュニケーション”をとれる場所。

お金を出せばなんでもある世の中に暮らしていて、お金
を使わなくてもコミュニケーションできる場所なんて
”資本主義”の考え方のなかで教育を受けて来た僕達に
は、まず想像しても難しい場所だと言えると思います。

『always 三丁目の夕日』なんかは、まさに作ろうと
してできた”コミュニケーションの場”ではなく”同じような
背景をもった人達”の”コミュニケーション”映画だといえると
思うんです。

ルノアールが描いた”ムーラン・ド・ラ・ガレット”は誰でも
自由に話したりできる”社交場”として、始まった場所でした
が、”経済”みたいなことに関わってくるとどうしても、あつ
まる人達は、富裕層になっていき、写真などがまだ無い頃
の画家たちの役割の1つが”肖像画”で利益を得ることが
”芸術”としての絵ではなく、”職業”としての絵を描く事で
”食う”ことにつながり、傍らで”芸術”としての絵を探求する
という構造だったみたいです。

その仕組みを器用に利用できる柔軟性を持つ事は、簡単では
ないと思います。反骨精神でその仕組みと戦ったのが
ゴッホやモディリアーニ、ユトリロやロートレックです。
ピカソやルノアールは、うまく利用していたようで、
”器用貧乏”な前者の人達は苦労、貧乏、廃退を覚悟しながら
日々を送ったようです。自分と戦いながら。

この階段に、1時間弱いました。だれもが集える場所
が大好きだった貧乏人達。楽しくて楽しくて、毎日そこ
に行けば楽しみが待っている、金はなくてもここに
くれば、智慧、知識、遊びや海外の事、”ジャポン”のこと
毎日が明日が楽しみで、そんな夢のような社交場が
この階段のうえに、19世紀のパリにあったんだそうです。

人で作るミニ万博ただにちかい料金の場、夢のような
話です。生きて行くにはどうしても、お金が必要な
近代文明です。人が沢山集まる場所にハゲタカたちが
目をつけないわけがありません。

しかし、そんな皆が楽しめるお金がある人もないひとも
いっしょになっていろんな”コミュニケーション”ができる
19世紀のパリのほんの一瞬が、あったこと、
すばらしいと、思いませんか?有名タレントと自分が
同じようにコーヒーを飲みながら友達に慣れる場所と
いうことです。有名人にも魅力的、普通の人にも
魅力的な場所、タダに近いディズニーランドといえば
わかってもらえますか?

ピカソは、亡くなる間際に”モディリアーニ・・・”といって
亡くなったそうです。モディリアーニは、若くしてなく
なられてます。彼は恐ろしいほどの才能をルノアール
やその他の先輩達に認められていながら、肖像画の
”経済活動”にはのっていかなかったんです。注文を
きくことがこの上なく、できないことだったんです。

「奇麗に描いてね!」『それはできない!あなたが
美しくてもそれは写し取ってほしいなら他をあたってくれ」
ってな感じです。

この階段は、19世紀、きっとみんなが愛したことが
一度はある階段なんだなぁと思い、深くこころに刻んで
きました。人の上に、人はなく、人の下に、人は無い。
そんな事が”政治スローガン”みたいなもんじゃなく、
自然に”みんなが遊べる楽しい場所”として存在していた事
に深く敬意を表したいと思います。

さて、毎日寒い寒いと吠えておる僕ですが、やっぱり今日
も寒かった。しかし、冬だから、寒いから楽しめる事
ってあります。だから、さむくて良いんです。うん。
そういうことで今日はしめます。

それでは、みんなの明日が良い一日になりますように
また、明日。


笑い声 子供に犬に カナリアに
みんなのこころが みんなと遊んで

中川”きょうは長くなりました
     明日はもっと長いでしょう”謙太郎
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日本の風景に似てるね
謙ちゃん 今晩は☆彡
今日も一日 お疲れ様でしたぁ

寒さがほんの少しだけやわらいだ感じでしたが・・・やっぱり寒いですねっ

今日の写真は どこか日本の神社へでも通じる階段のようにみえましたが ムーラン.ド.ラ.ガレットへの階段だそぅで・・・ここで
ジャポンの浮世絵の話に盛り上がったりしたのかもなんてことを思いましたですぅ
階段の中央に 人が大きく手と足を広げてるようにもみえますけど・・・何か意味があるんでしょうか
不思議な模様ですね

絵のことや画家たちの話をこんなに熱く 詳しく語れるって凄いですぅ
べラには 熱く語れるものは何もってないかな・・・・
んいくら考えてもないですぅ

そんな熱い話を聞くのは 大好きなので また 沢山聞かせてくださいね
明日は どんな話をしてくれるのかな楽しみにしてまぁぁぁす

べム・・・お肉は着るものじゃなくて 食べるもんだわよん
ねっ謙ちゃん

では 明日もいい日でありますように


どんなところでも、、、
世界中に、落書きがあるのですね、、、
何年か前に、道路に書かれている止まれの下に 戦争 と誰かが書き足していたのを思い出しました。

寒いからこそ、出かければよかったなぁと思ってます。
ここになければ、あるのは他だろうから、動かなければ始まりませんよね、、

謙太郎君は、、、ここをはじめてよかったです、、、
公園デビューに、このブログも。
お金がかからずに、いろんな方たちとコミニュケーションがとれる手段ですね。

だけど、今の時代は友達とおしゃべりしようと思って、お茶しに行くとしてもやっぱり、お金、交通費、いろいろかかります

だから仲良しの友達とは家でお茶したり、外食よりもウチゴハンしたり、会うのにお金のことを気にせず、気軽に会えるように心がけています。

19世紀末、パリの下町で芸術家たちが語り合った場所、通った道で謙太郎さんもいろんなことをお感じになられたのですね。

文章を読んで、ただただすごいなぁと思います。新聞のコラムを読んでいるのかとおもうくらいです。

生きていくにはお金は必要で、ルノワールやピカソのように器用にビジネスと自分らしさを上手く使い分けることは、謙太郎さんがおっしゃる通り、なかなか簡単ではないと思います。

ゴッホ、モディリアーニ、ユトリロ、ロートレックたちは今頃どう感じているのでしょうか?
きっと「お金のために描かなくて良かったよー。なぁみんな!」

とか話していそうな気がします。
だから他人の評価より、自分の生きる道を貫くことは、それだけ孤独で犠牲も予想できないほどあったのではと、彼らの生涯を知る上では感じます。

だけど生き方に迷いがない人もいないですよね。だからコミニュケーションはとても大切だと思います。お金が少しかかったとしても、カフェや酒場に集まり、目を見て、本気で討論したりして、自分の道を19世紀末の画家たちも語り合ったのでしょうか。

モンマルトルに一度は行ってみたいなぁー、そう思いました





今もあるのかなぁ
謙ちゃん、おはようございます

今朝は久しぶりにすっきりです~
日中もコートが邪魔になるくらい暖かくなるようですよ

謙ちゃんの芸術への思いも熱いですね~

私も絵画展に行くのは好きですが、背景の事はほとんど無知なので、勉強になるし色々知ってて見に行ったほうが、もっと感動できるんだろうなあって思います

柔軟性を持ち上手に時代と過ごせる人…
時代と関係なく常に自分の信念を貫ける人…
それぞれに心の葛藤があるんでしょうね

今の時代にもそんな社交場があって芸術家達が集まってたら素敵ですね~

私は印象派と言われる人の中ではルノアールの絵が大好きです
特に少女の絵は優しくて好きです
それからタイトルは忘れてしまいましたが結婚式でみんなが踊っている絵が大好きです
時代は移り変わっても人々に愛され続ける作品はスゴイですよね
謙ちゃんの歌もきっと…ねっ
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プロフィール
HN:
中川 謙太郎
年齢:
50
性別:
男性
誕生日:
1969/10/21
自己紹介:
Nakagawa Kentaro
福岡県出身 A型 天秤座
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